『芸道には出発駅があっても、終着駅と言うものが無いんだよ』、父(八世常磐津文字太夫)が生前口癖の様に言っていた言葉です。
六歳の時にその父から手ほどきを受けて早、五十年近くの歳月が流れようとしています。
今持って歌舞伎の初日の舞台を迎える時の緊張感、そして二十五日間の千秋楽を終えるまで、その気持ちに変わりはありません。
その新鮮さが時には又、心地好い風となることもあるのだが……今日の舞台が少しでも満足に近づければ良いのですが、いつも反省と次の日の舞台の事を考えています。
……何か今日よりももっと良い語りができる工夫が無いだろうか、と。
大学在学中の頃より本格的に舞台をつとめる様になり、三十数年、この間いったいどれ程の数の舞台に立ったでしょうか。
(たぶん五千回以上にはなると思うのだが)若い頃は無我夢中でつとめてきましたが、年々その思いはつのるばかりです。
これが父の言っていた『芸道とは終わり無き道を重き荷を背負い、一生一筋に生き、おそらく死してもまだ到達することのできない無の世界』なのでありましょうか。
常磐津宗家の家に生まれ、幼い頃より常磐津を学び、(父亡きあとは)流派を束ねる重責を背負う事は宿命とも思えますが、この道を歩き続ける事に決して悔いはありませんし、後ろも振り向かない。
それは今日まで常磐津を守ってくださり又、ご指導してくださった多くの先輩の方々への御恩、いつも変わらず暖かく見守ってくださる御後援者の方々への御恩に少しでも報いたいと思っているからです。
そして何よりも未来があること。
今、常磐津を志す若い人が少しずつですが増えつつあります。
どの時代であれ、流派を支える原動力は若人によると思っています。
若い人たちが夢と情熱を持ち続ける限り、たとえ不遇の時代があったとしてもその将来は極めて明るいと思われます。
二十一世紀に入り、江戸時代より二百五十年以上続いている「常磐津」という日本古来の伝統芸術をどのようにして永久不変の姿として保つことが出来るのか、それは現在を生きている我々が命果てるまでその芸を磨き、次世の者に伝承し、師から弟子へ又、親から子、孫へ正しく受け継がれ、次世の者が守りそして発展させる事により、始めて永久に存続する事になると信じています。それが現在生かされている我々の使命ではないでしょうか。
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